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上智大学 総合人間科学部 教育学科 カトリック推薦入試 2023年 過去問解説

問1【解説】

1. 設問の確認

 問1は、本文中の空欄 a に入る最も適切な語句を、5つの選択肢から選ぶ問題です。

2. 空欄 a の箇所の特定

 空欄 a は、1枚目の画像(本文2ページ目)の冒頭にあります。
 「旧石器時代のカリキュラムは、川魚の手づかみと棒による馬追いとトラ退治の活動をこなすので精一杯で、新たな内容など入る余地はない。そもそも虎狩りの技術を磨くことなど、本当のカリキュラムではない。今の子どもには、 a が大切だ。今の若者は素手で魚を捕まえたり、棒で馬を操作したり、たいまつに火をつけたりすることも、ろくにできない」

3. 文脈の分析

 この文章は、「旧石器時代のカリキュラム」という寓話(アレゴリー)に基づいています。この寓話では、環境が変化し(氷河期が来た)、かつて役立った技術(手づかみ漁、馬追い、トラ退治)が役に立たなくなってもなお、保守的な人々が「古いカリキュラム」を教え続けることを主張します。
 空欄 a が含まれる部分は、その保守的な人々の主張(あるいは、その主張を皮肉的に紹介する部分)です。彼らは、古い技術(手づかみ漁など)が現代の若者にできないことを嘆き、古いカリキュラムで養われる a こそが大切だと主張しています。
 空欄 a の直後には、その主張の根拠が述べられています。「『魚を捕る学習は、単なる技能ではなく、『一般的な機敏さ』を育む。同様に、馬を棒で追うのは『一般的な強靭さ』を育てるし、たいまつの訓練はトラを追い払うのが目的ではなく、生活全般に役立つ『一般的な勇気』を養っているのだ』」
 つまり、保守的な人々が主張する、古いカリキュラムによって養われるものとは、「一般的な機敏さ」「一般的な強靭さ」「一般的な勇気」といった、特定の状況(魚捕りや馬追い)を超えて「生活全般に役立つ」根源的な能力であることがわかります。

4. 選択肢の検討

 空欄 a には、この「機敏さ」「強靭さ」「勇気」といった、生活全般に役立つ根源的な能力を総合的に表す言葉が入るはずです。

① 『思考力』:

 本文後半の「形式陶冶」の議論では思考力も出てきますが、寓話で示された「機敏さ」「強靭さ」「勇気」をすべて含む言葉としては、少し狭いです。

② 『基礎基本』:

 古い技術は、環境が変わった今となっては、もはや「基礎基本」とは言えません。

③ 『応用力』:

 意味は近いですが、「機敏さ」や「勇気」といった資質そのものを直接指す言葉としては、「応用力」よりもっと根源的な概念が求められています。

④ 『粘り強さ』:

 「強靭さ」とは近いですが、「機敏さ」や「勇気」をカバーできません。

⑤ 『生きる力』:

 「機敏さ」「強靭さ」「勇気」は、いずれも環境の変化に対応し、困難を乗り越えて生き抜くための根源的な力です。したがって、「生きる力」がこれらの概念を最も包括的に表す言葉として適切です。

問1【解答】

⑤ 『生きる力』

問2【解説】

1. 設問の確認

 問2は、「カリキュラム・オーバーロードはなぜ生じるのか」について、筆者の主張(本文の論旨)を踏まえて150字以内で説明する問題です。

2. 本文中の「カリキュラム・オーバーロード」に関する記述の確認

冒頭(1枚目の画像):

 カリキュラムに盛られる内容が時間的・認知的な限界を超えて「過積載」になる現象と定義されています。

本文の最後(2枚目の画像):

 「社会の変化に伴って生じた新たな実質陶冶的要求から、さまざまな内容をカリキュラムに盛り込むべきとの要請」が(食育、プログラミング教育など)後を絶たないことが述べられ、その直後に「カリキュラム・オーバーロードの解消」が課題として挙げられています。

結論

 これにより、オーバーロードの一因は、社会の変化に応じて新しい教育内容が次々と追加されること(実質陶冶の要求)にあるとわかります。

3. 本文中の「筆者の主張」の核心部分を特定

 本文(2ページ目)では、古いカリキュラム(手づかみ漁など)が、環境が変わって実用性がなくなっても「一般的な機敏さ」などを育てるという理由で存続しようとする寓話が紹介されます。
 続く「形式陶冶と実質陶冶」の章(1枚目の画像、2ページ目)で、筆者の主張が整理されます。

実質陶冶(じっしつとうや):

 その知識や技能が、実生活で直接役立つという考え方。

形式陶冶(けいしきとうや):

 学習内容そのものの実用性よりも、それを学ぶ「過程」が思考力や精神力といった一般的な能力を鍛えるという考え方(例:ラテン語学習が論理的思考を養う)。
 筆者は、オーバーロードが起こるメカニズムを、この2つの対立で説明しています(1枚目の画像、2ページ目、最終段落)。

  1. 追加:実社会からの要求(=実質陶冶)によって、新たな教育内容が組み入れられる。
  2. 存続:その一方で、かつて実用性があったが今は失われた古い内容が、郷愁や「思考力を鍛える」といった形式陶冶の論拠によって、カリキュラム内に残り続ける。

4. 解答の構成

 上記2つの要素(①新しい内容の「追加」と、②古い内容の「存続」)を両方盛り込む必要があります。

原因1(追加):

 社会の変化に伴い、実用性を重視する「実質陶冶」の観点から、プログラミング教育などの新しい内容が次々と追加されるため。

原因2(存続):

 の一方で、実用性が失われた古い教科も、思考力を鍛えるといった「形式陶冶」の論拠や郷愁などによって、カリキュラムから削除されず温存されるため。

5. 150字以内での要約

 これらの要素を150字以内にまとめます。

問2【解答】(141字)

社会の変化に対応するために、実質陶冶の観点からプログラミング教育などといった新しい内容が次々とカリキュラムに追加される一方で、すでに実用性が失われた古い教科も、思考力を鍛えるといった形式陶冶の論拠や郷愁などが理由となって、カリキュラム内に温存され、カリキュラムから削除されないから。

問3【解説】

■ 議論の整理

課題文の内容の要約:

 課題文は、教育内容が過剰になる「カリキュラム・オーバーロード」問題を指摘している。この原因は、①社会の変化に応じて実用的な知識(実質陶冶)が次々と追加される一方で、②かつて実用的だった古い内容が、実用性が失われた後も「思考力を鍛える」といった名目(形式陶冶)によって温存され続けることにある、と分析されている。
 「旧石器時代の寓話」は、氷河期が来てトラ退治の技術が不要になっても、「勇気を養う」という形式陶冶の名目で古い教育に固執する保守的な人々を皮肉っており、この問題を象徴している。
 筆者は、このオーバーロードの解消と「より質の高い学び」の実現を今後の課題として提示している。

(共通の前提):

  • 学校教育は、生徒が未来を生き抜くために有益な知識、技能、能力を育むことを目的とする。
  • 社会や環境は変化するため、教育内容も常に見直される必要がある。

(議論の論点):

論点:

 カリキュラム・オーバーロードを解消しつつ「質の高い学び」を実現するために、教育内容の「何を」「なぜ」選び、「何を」「なぜ」捨てるべきか、その判断基準は何か。

対立(一般論):
  • 実質陶冶の論: 現代社会で役立つ実用的な知識・技能(例:プログラミング)を優先すべき。
  • 形式陶冶の論: 内容の直接的な実用性よりも、思考力や精神力といった普遍的な能力を鍛える伝統的な学問(例:古典、数学)を重視すべき。
筆者の論(示唆):

 この両者が無批判に併存していることが問題である。つまり、実質陶冶の要求による「追加」と、実態が形骸化した形式陶冶による「温存」が同時に起きている。

■ 問題発見

(問題の発見):

 実質陶冶による「追加」と形式陶冶による「温存」という二律背反が引き起こすカリキュラム・オーバーロードを解消し、同時に「より質の高い学び」を実現するために、日本の学校教育は今後どのような編成原理(方向性)を目指すべきか。

■ 論証→言い分方式

 ここでは「言い分方式」を採用し、対立する二者の主張を整理した上で、筆者の問題意識を踏まえた第三の道(仲裁者C)として解答の核となる方向性を導き出す。

利害関係者Aの主張(実質陶冶・改革派):

 (たしかに)旧石器時代の寓話が示すように、環境が変化したにもかかわらず「トラ退治」のような実用性のない教育を続けるのは無意味だ。オーバーロード解消のため、実用性の低い古い内容を削減し、現代社会で必須となる実用的な知識(実質陶冶)を優先すべきだ。
 (なぜなら)教育は生徒が社会で活躍するための準備期間だからだ。

利害関係者Bの主張(形式陶冶・保守派):

 (しかし)実用性ばかりを追い求めれば、教育は表層的になる。寓話の保守派が「一般的な勇気」を養うと主張したように、一見実用的でない学問こそが、時代を超えて役立つ普遍的な思考力や精神力(=質の高い学び)を養う。
 (なぜなら)個別の実用知識はすぐに陳腐化するが、普遍的能力こそが変化の激しい時代を生き抜く基盤となるからだ。

仲裁者Cの主張(解答者の主張):

 (よって)目指すべき方向性は、この二項対立の止揚、すなわち「現代における実質陶冶と形式陶冶の再統合」である。
 (なぜなら)オーバーロードの原因は、Aの「追加」要求と、Bの「温存」要求の双方にあるからだ。寓話の「トラ退治」がもはや「勇気」を養わないかもしれないのと同様に、現代の教育内容も「本当に形式陶冶として機能しているか」を厳しく問い直す必要がある。同時に、Aが主張する新しい実用的な内容も、Bが重視する普遍的能力の育成(現代的な形式陶冶)にどう繋がるかを明確に設計して導入すべきだからだ。

■ 解決策or結論or結果

(Cから導かれる解決策or結論or結果):

結論(方向性):

 日本の学校教育は、全ての教育内容について、それが「現代社会での実用性(実質陶冶)」と「時代を超える普遍的能力の育成(形式陶冶)」の両面でいかに貢献するかを厳しく吟味し、カリキュラムを再編成していくべきである。

(その根拠):

 寓話が皮肉るように、かつての「形式陶冶」が形骸化して「温存」されている現状と、社会の変化による「実質陶冶」の無尽蔵な「追加」要求の両方がオーバーロードの原因であるため。両者を「現代」という視点から再統合・精選することだけが、オーバーロードの解消と「質の高い学び」の実現を両立させる道である。

(その具体例):

(削減の具体例):

 旧石器時代の「トラ退治」のように、過去には形式陶冶の効果があったとされても、現代においては形骸化している学習(例:思考を伴わない知識暗記の比重が大きすぎる分野)は、勇気を持って削減・見直す。

(統合の具体例1):

 新たに導入する内容(例:プログラミング教育)は、単なる技能習得(実質陶冶)に終わらせず、それが論理的思考力(形式陶冶)の育成にいかに繋がるかを明確に設計する。

(統合の具体例2):

 既存の教科(例:古典や数学)も、それが現代においてどのような普遍的思考力を鍛えるのか(形式陶冶)を学習者が実感できる形で、かつ現代社会の課題(実質陶冶)と結びつけて再構成する。

■ 解決策or結論or結果の吟味

(他の解決策or結論or結果との比較):

(比較1:実質陶冶偏重案)

 「古い内容を捨て、実用的な内容のみにする」という案は、オーバーロードは解消できるかもしれないが、教育が表層的になり、筆者が求める「質の高い学び(=普遍的能力)」を損なう恐れがある。

(比較2:形式陶冶偏重案)

 「伝統的な教育内容を維持する」という案は、寓話の保守派と同じであり、オーバーロードを悪化させ、社会の変化から乖離する。

(妥当性)

 したがって、両者の「現代的再統合」を目指す本結論は、両案の欠点を補い、筆者の二つの要求(オーバーロード解消+質の高い学び)に唯一応える妥当な方向性である。

(最終的な解決策or結論or結論の確認):

 日本の学校教育は、寓話が示す「実態を失った形式陶冶」による温存と、「場当たり的な実質陶冶」による追加という悪循環を断ち切る必要がある。そのために、全ての教育内容を「現代的な実用性」と「普遍的な能力育成」の両面から厳しく精査し、再統合していく方向性を目指すべきである。

問3【解答】(545字)

 課題文は、教育内容が過剰となるカリキュラム・オーバーロード問題を指摘する。これは、実用的な新知識(実質陶冶)の追加と、実用性を失った古い内容の温存(形式陶冶)が併存するために起こる。よって、この二律背反を解消し「質の高い学び」を実現する方向性が問われている。
 そもそも、これには二つの対立する立場がある。現代の実用知識(実質陶冶)を優先し古い内容を削減すべきだとする立場と、実用性偏重は教育を表層化させるため、普遍的思考力を養う伝統学問(形式陶冶)を重視すべきだとする立場である。
 しかし、問題の本質は両者が無批判に併存する点にある。ゆえに、目指すべきは二項対立を止揚する「現代における実質陶冶と形式陶冶の再統合」である。なぜなら、古い形式陶冶が今も機能するかを問い直し、新しい実質陶冶も普遍的能力の育成に貢献するよう設計する必要があるからだ。
 以上の考察から、教育内容は「現代的実用性」と「普遍的能力育成」の両面で吟味し、再編成すべきだ。例えば、プログラミング教育を論理的思考の育成と結びつけ、既存教科も現代の課題と結びつける。このように、実用性偏重でも伝統固執でもなく、両者を「現代」の視点で精査・統合することこそが、オーバーロードの解消と「質の高い学び」を両立させる唯一の道である。

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