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上智大学 総合人間科学部 看護学科 カトリック推薦入試 2019年 過去問解説

【解説】

 この課題は、筆者の主張を理解した上で、そのテーマ(テクノロジーと人間の関係、孤独とつながりなど)について自分の考えを論じるものです。特に看護学科の入試であることを踏まえ、医療や看護の現場に結びつけて考察すると、より説得力のある答案になります。

■ 議論の整理

課題文の内容の要約

 筆者は、スマートフォンに没頭する人々の姿から、現代人が「常につながっていること」で安心感を得ようとしていると指摘する。しかし、それは表面的なつながりでしかなく、むしろ常に誰かとつながっていないと不安になるという、現代的な孤独(=不安)を生み出していると論じている。そして、便利さの代償として、人間が本来持っていた「生きる力」や、一人で自立して思考する力を失いつつあるのではないかと警鐘を鳴らしている。

(共通の前提)

 スマートフォンをはじめとする現代のテクノロジーは、非常に便利で、仕事や生活に不可欠な道具である。

(議論の論点)

 テクノロジーがもたらす「常時接続」という状態をどう捉えるか、という点が論点です。

一般論:

 「つながり」は情報を得たり、他者とコミュニケーションを取ったりするために不可欠であり、社会生活を豊かにするものである。

筆者の論:

 「つながり」への過度な依存は、実は内面的な不安の裏返しであり、人間を孤独にし、思考力を弱体化させる危険性をはらんでいる。

■ 問題発見

(問題の発見)

 この小論文で答えるべき問い(テーマ)は、次のように設定できます。
 「筆者が指摘する『テクノロジーへの依存がもたらす現代的な孤独』という問題に対し、私たちはどう向き合うべきか。特に、人と人との深い関わりが求められる看護の分野において、この問題はどのような意味を持つのか。」

■ 論証→言い分方式

 ここでは、看護の現場に引きつけた「言い分方式」を用いて論を深めてみます。

利害関係者Aの主張(テクノロジー推進派の意見)

 「たしかに、看護現場におけるテクノロジー、例えば電子カルテやバイタルサインの自動測定器は、業務を効率化し、ヒューマンエラーを減らす上で不可欠だ。なぜなら、看護師の負担を軽減し、より多くの時間を患者の安全確保に充てることができるからだ。」

利害関係者Bの主張(筆者の意見を代弁する意見)

 「しかし、効率化を優先するあまり、看護師がモニターの数字や記録ばかりを見て、患者自身の表情や声のトーンといった定性的な情報を見過ごす危険性はないだろうか。なぜなら、筆者が言うように、携帯電話が人々を孤独にするのと同じ構図で、テクノロジーが看護師と患者の間の人間的なコミュニケーションを阻害し、患者の精神的な不安や孤独感を増幅させてしまう可能性があるからだ。」

仲裁者Cの主張(自分の意見・結論)

 「よって、看護の現場では、テクノロジーを人間の仕事を代替するものと捉えるのではなく、人間的なケアの質を高めるための『補助ツール』として明確に位置づけるべきだ。なぜなら、看護の本質とは、病気という身体的な苦痛だけでなく、それに伴う患者の精神的な孤独や不安に寄り添うことにあるからだ。テクノロジーによって生まれた時間的な余裕を、患者一人ひとりと向き合う対話の時間に充てることで、真の信頼関係を築くことができる。」

■ 結論

(Cから導かれる結論)

筆者が懸念する現代社会の孤独に対し、看護の現場では、テクノロジーの利便性を享受しつつも、それによって失われがちな人間的な温かみを意識的に補う姿勢が不可欠である。

(その根拠)

患者が本当に求める「安心」とは、正確な医療データによる管理だけでなく、看護師との血の通ったコミュニケーションから生まれるものだからだ。筆者の言う「独りでも充実していられる強さ」を病床で患者が持つことは難しい。だからこそ、看護師がその不安に寄り添い、表面的な「接続」ではない、心と心の「つながり」を提供する必要がある。

(その具体例)

  • 電子カルテを入力する際、PC画面だけを見つめるのではなく、一区切りごとに患者の方を向き、「お変わりないですか」と声をかける。
  • バイタル測定が自動化されても、測定後に患者の手にそっと触れ、肌の温もりや表情から状態を読み取る時間を作る。
  • 家族とのオンライン面会をセッティングするだけでなく、会話が弾むように少しだけ同席し、コミュニケーションを円滑にする手伝いをする。

■ 結論の吟味

(他の解決策との比較)

 「テクノロジーを一切廃止し、昔ながらのケアに戻るべき」という極論も考えられる。しかし、それは医療の安全性を低下させ、看護師に過大な負担を強いるため非現実的である。今回導いた結論は、テクノロジーとヒューマンケアの長所を両立させる、より現実的で建設的な解決策と言える。

(最終的な結論の確認)

 結論として、筆者の問いかけに対し、看護の分野では「テクノロジーを賢く使いこなし、そこで得た時間と心の余裕を、患者との対話という最も人間的な行為に再投資する」ことが、最良の答えとなる。それが、筆者の言う「あんがい離し難い」現代の病から、患者と、そして私たち自身をも救う道筋だろう。

【解答】(776字)

 筆者は、スマートフォンに象徴されるテクノロジー依存が「常につながっていること」への欲求を生み、かえって現代的な孤独を深めていると指摘する。この便利さの代償として、人間が本来持つべき自立した思考力が失われつつあるという警鐘は、人との関わりが本質である看護の現場にも深く通じる問題である。
 そこで私は、看護の現場におけるテクノロジーとの向き合い方を考えたい。確かに電子カルテや自動測定器などの技術は、業務効率化やヒューマンエラー防止に不可欠である。これらは看護師の負担を軽減し、患者の安全確保に多くの時間を割くことを可能にする。しかし効率化を重視するあまり、看護師がモニターの数字や記録ばかりに注意を向け、患者の表情や声のトーンといった定性的な情報を見落とす危険性もある。これは筆者が懸念するように、テクノロジーが人間同士の温かなコミュニケーションを阻害し、患者の孤独を深める結果を招きかねない。
 したがって、看護におけるテクノロジーは人間の代替ではなく、ケアの質を高めるための「補助ツール」として位置づけるべきである。なぜなら、看護の本質とは身体的な苦痛の緩和だけでなく、患者の精神的な孤独や不安に寄り添うことにあるからだ。患者が真に求める「安心」とは、正確なデータ管理と看護師との血の通った対話が両立して初めて得られるものである。病床で筆者の言う「独りでも充実していられる強さ」を保つことは難しく、だからこそ看護師は表面的な接続ではなく、心と心のつながりを提供する存在でなければならない。
 結論として、看護の分野ではテクノロジーを賢く使いこなし、そこで得られた時間と心の余裕を患者との対話に再投資する姿勢が求められる。たとえ測定が自動化されても、その後に患者の手に触れ、優しく声をかけるといった小さな実践の積み重ねこそが、真の信頼関係を育むのである。

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