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上智大学 総合人間科学部 看護学科 外国人入試 2019年 過去問解説

【解説】

 この課題は、筆者の「子どもに家事などの責任を与えて自立心を育てるべきだ」という主張に対し、自身の意見を800字以内で論じるものです。以下に、5STEPsを活用した書き方の構成案を解説します。

■ 議論の整理……課題文の内容の要約、問題を解く上で前提となる事実のまとめ

(共通の前提)

 筆者と、筆者が比較対象とする「日本の母親」は、どちらも「子どもの健やかな成長を願っている」という点では共通の前提に立っています。

(議論の論点)

 この文章の論点は、「子どもの自立心を育てるための最適な関わり方」です。

一般論(筆者が指摘する日本の母親)の立場:

 子どもの世話を焼き、子どもの仕事を先回りして肩代わりすることが愛情表現だと考えている(=召し使いのように子どもに仕える)。

筆者の論:

 子どもに幼い頃から家事などの役割を与え、責任を持たせることで、自立心や自信を育むべきだと主張している(=召し使いのように子どもを使う)。

■ 問題発見

(問題の発見)

 この小論文で答えるべき問いは、「筆者が主張する『子どもに責任を与えて自立を促す』という教育方針は、子どもの成長にとって有効か、そしてその主張に対して自分はどのような意見を持つか」ということです。全面的に賛成するのか、反対するのか、あるいは条件付きで賛成するのか、自分の立場を明確に設定します。

■ 論証→演繹法・言い分方式の組み合わせ。

 ここでは、筆者の意見に賛成する立場で論証を進めるために、演繹法と言い分方式を組み合わせて論証を組み立てます。。

□ 演繹法

ルールを定立する:

 「子育ての最終的な目標の一つは、子どもが社会的に自立した一人の人間として生きていく力を身につけさせることである。」

具体例を紹介する:

 筆者が挙げる「掃除、洗濯、料理、買い物」などの家事を子どもに任せるという具体例。

具体例をルールに当てはめる:

 「ここで、家事という具体例をルールに当てはめると、家事の実践は、生活スキルだけでなく、段取りを考える計画性や責任感を養うことに直結する。これは、社会的な自立という目標を達成するために不可欠な要素であると言える。したがって、筆者の主張は理にかなっている。」

 言い分方式

利害関係者Aの主張(反対意見への配慮):

 「たしかに、子ども時代は勉強や遊びに集中させるべきで、家事の負担は過度なストレスになりかねないという意見もあるだろう。なぜなら、子どもには学業という本分があり、家庭での役割がその妨げになっては本末転倒だからだ。」

利害関係者Bの主張(自分の意見):

 「しかし、筆者が言うように、子どもに一切の役割を与えないことは、彼らから学びの機会を奪うことにもつながる。なぜなら、家庭という最小単位の社会で役割を担い、成功体験を積むことは、自己肯定感を育み、他者と協働する力を養う上で極めて重要だからである。」

仲裁者Cの主張(結論への誘導):

 「よって、重要なのは家事をさせるか否かではなく、子どもの年齢や能力に応じた適切な役割を段階的に与えることである。なぜなら、教育の目的は労働させることではなく、あくまで自立に向けた学びを促すことにあるからだ。」

■ 結論

(Cから導かれる結論)

 私は筆者の「子どもに責任ある役割を与え、自立を促すべき」という考えに賛成する。

(その根拠)

 なぜなら、そのプロセスを通じて、子どもは単なる生活技術だけでなく、社会で生きるために必須となる責任感、自己肯定感、そして他者と協力する姿勢を学ぶことができるからである。

(その具体例)

 例えば、料理の手伝いを任された子どもは、食材の知識や段取りの重要性を学ぶ。自分の小遣いを管理するようになれば、金銭感覚と計画性が身につく。これらは、学校教育だけでは得難い「生きる力」そのものである。

■ 結論の吟味

(他の結論との比較)

 「まずは学業に専念させ、生活能力は大人になってから学べばよい」という考え方もあるかもしれない。しかし、その場合、自立すべき年齢になってから基本的な生活習慣でつまずく若者が少なくないのが現状である。日常の家庭生活の中で実践的にスキルを身につけさせる筆者のアプローチの方が、より効果的かつ実践的だと言える。

(最終的な結論の確認)

 結論として、筆者の比喩的な「召し使いのように使う」という表現は強いが、その本質は子どもを労働力と見なすことではなく、家族の一員としての責任ある役割を与えることで、愛情をもってその自立を支援するという教育的な営みである。したがって、私は筆者の主張を支持する。

【解答】(795字)

 筆者は「子どもには家事などの責任を与えて自立心を育てるべきだ」と主張している。私はこの意見に賛成である。なぜなら、子どもが社会で生きるためには、知識だけでなく実生活の中で自分の役割を果たす経験を通して責任感と自信を育てることが不可欠だからである。
 まず、子育ての目的の一つは、子どもが社会的に自立した人間として生きる力を身につけることである。しかし、日本では子どもの世話を過剰に焼き、失敗を避けさせる傾向が強い。たしかに、子ども時代は勉強や遊びに集中させるべきだという意見もある。けれども、子どもに一切の役割を与えないことは、学びと成長の機会を奪うことになる。
 たとえば、料理を任された子どもは、食材の知識や段取りの重要性を学ぶ。また、掃除や洗濯を通して家庭の一員としての責任を自覚し、協力の大切さを理解するようになる。さらに、自分の小遣いを管理すれば、金銭感覚と計画性が身につく。これらの経験は学校教育では得にくい「生きる力」を養う機会である。
 また、家庭という最小単位の社会で役割を担う経験は、自己肯定感や他者との協働力を育む点でも重要である。というのも、自分の行動が家族に役立つと実感できることで、子どもは「自分も社会の一員だ」と自覚するようになるからだ。したがって、家事を通して得られる達成感や感謝の循環は、社会的自立の第一歩となる。
 もっとも、「まずは学業に専念させ、生活力は大人になってから学べばよい」という考えもある。しかし、そのような教育を受けた若者の中には、自立の段階で生活習慣につまずく例も少なくない。だからこそ、家庭で実践を通して生活スキルを身につけさせる筆者の考えは、より効果的で現実的だといえる。
 結論として、筆者の「召し使いのように子どもを使う」という表現は誇張的ではあるが、その本質は、家族の一員として責任を与え、愛情をもって自立を支援する教育的営みである。

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